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​第1話 1章 かつては愛された怪物たち

 その後の食事は、少しの間、気まずい沈黙が続いたが、それを打ち破ったのは意外にもイーツだった。彼なりに気を使ったのだろう。まだ再生して十日なのだから、焦る事はないと諭され、再び他愛もない話をして四人は食事を終えた。
 話の流れで、完成したアルジェの装備はヴァウラが取りに行ってくれることになった。
 当のアルジェは、自身の余計な発言の所為で妙に居心地が悪く、チェリエとの訓練を取りやめにしようとしたのだが「それでは、訓練に励みたまえ!」などと、正規軍の敬礼を真似ておどけるヴァウラに押し切られてしまった。
 少々不貞腐れながらも殺風景な自室に戻り、せっかく着たワンピースを寝台の上に放り投げて、動きやすい白のズボンとシャツに着替えた。
 白い寝具の上で無造作に、落ち葉の様になったワンピースはそのままにしていたら、チェリエに怒られそうな気はしたものの、そのまま放置して部屋を後にした。
 部屋の扉を押し開ける際に気づいたが、案の定、寝起きざまの取っ組み合いで痛めた体は何事もなかった様に癒えていた。
 胃の中が満たされている今、この適度に湿度を帯びた心地よい風に吹かれながら、木陰でウトウトと昼寝でもすれば気持ちいのに、と思いながら階段を降り、寄宿棟と主屋をつなぐ廊下から立て付けの悪い通用口の戸を開けて演習場に出ると、踏み固められた地面に剣を二本立ててチェリエが待っていた。こちらも、汗と土埃で汚れてしまってもいい様に、適当な服に着替えてきたようだ。
「逃げずに来たか。エライな」
 小憎らしい物言いで、革手袋を付けた手を組み、曲げ伸ばししながら、いかにもやる気十分なチェリエの姿は、それだけでアルジェの心を挫きそうになったが、先程の晴れない気持ちをぶつけてやろうかと思った。
 足元の具合を確かめる様に、サンダルから履き替えたブーツの底で、地面を軽く均すアルジェ。
「私たちに逃亡、なんて言葉必要ないと思うけど?」
「その通りだな。逃げるくらいなら命を絶つよ。ほら、アルジェはこっちの剣を使うと良い」
 物騒な冗談も程々に、チェリエが地に突き立てられた剣のうち刃先が反り返った物を傾ける。古ぼけた剣を掲げてみると、片刃の刀身に日の光が、するりと滑べるように鈍く輝く。チェリエが手にした両刃の剣よりは少々短いが、軽くて取り回しがよく、片手で難なく振ることができる。こんなものをチェリエが使ったらかなう敵はないだろう。
 アルジェは、何度か軸足で踏み込んでは剣を振り、半歩後ろへ引くなど、基本的な動作を繰り返してみる。先程から、やけに足元への力が入るのは今朝――と言っても昼時ではあったが―寝起きざまに足をすくわれ、無抵抗なまま引きずり倒されたからだろう。意識はせずとも体が敗因を覚えているのだ。
「それじゃあ始めようか。アルジェ、お前からかかって来い」
 いつでもどうぞ、と言わんばかりに腰を落とし、両手で剣を構えたチェリエの深い紫色の眼光が、切り揃えられた黒髪の奥で鋭くなるのを合図に、アルジェは剣を振りかぶった。しかし、当然の如く、受けられてしまう。そのまま力では押さず、すぐに剣を引き、今度は下段、そしてまた上段と、剣をぶつけ合う。
 人の少ない、静かな収容所の外壁に、甲高い金属の音が反響する。
 一旦引き下がり、剣を構えなおして呼吸を整えるアルジェ。
「なんだ、これだけで息切れか?」
「持久力が、ないのよ……知ってるでしょう?」
「情けないねぇ」
「うるさい!」
 アルジェが声を張り上げると同時に、剣を構えた右腕を振りかざし、力任せに切り込む。入った。と思えば、鼻先の目前でまた受けられてしまう。キリキリと擦れ合う二つの刃の向こうで、チェリエが口角を吊り上げた。
「挑発に乗るのはいけないな」
 不意に隙をつかれると、瞬く間にチェリエの力が抜け、不快な音を立てる刃が滑りながらその力比べを脱する。力を向ける先を失った片刃の剣がふらふらと前に倒れこむ、次の瞬間。
「ウッ……!」
 左のわき腹を、両刃の剣がかすめ、シャツの布地もろとも、アルジェの肌を裂く。すぐに熱をもったその傷からは、赤い血が滲み、破れた白いシャツの切り口をじんわりと濡らしていく。
 しかし、その傷にたじろぐどころか、アルジェの顔には殺気の色が浮かぶ。眼前の女剣士を睨む湖水色は凪の様だが、冷たく、捕らえた者を逃しはしない。溺れてしまえば、死体が上がらないと言われている、アウアリド湖の底の様に。
 彼女達不死者の訓練はいつもこうなる。最初は軽い遊びの様に始めるのだが、時間が経つにつれて実戦さながら、本気で戦い――殺し合いに至る。
 治癒力が高く傷の治りが常人の数倍早い事や、死んでも生き返る前提があるからこそなのかも知れないが、基本的に彼女たちは皆、好戦的と言ってもよい。
 特にアルジェは、生まれついての不死者であるが故に、その命をまったく顧みない。訓練でも、実践でも、刺し違えるつもりで相手に向かって行く。
 対するチェリエにしてもだ。彼女は百年以上もの時間を生きているからこそ、経験でその衝動を手懐けてはいるものの、やはり剣を手にすると相手を完膚なきまでに打ち砕こうと全神経を戦いに集中させる。
「少し逸れたか」
 チェリエの声の調子が低くなる。重みを確かめる様に剣を構え、アルジェとの間合いを取る。一方でアルジェは、左の手でわき腹を押さえながら、反り返る刃先をチェリエへ向ける。しばらく睨み合いが続いたが、先に動いたのはチェリエの方だった。
 アルジェの体を貫かんと、剣を前に構え駆け出す。陽動、と思いその刃を受け流し後身するアルジェ。
 だが、チェリエは更に、一歩前へ踏み込んだ。防御の甘くなった右側へ、切り込む。と思いきや、一旦引いて左の足元を狙われる。鈍色の刃が地面を這うように、大外から振られる。
 しかし同じ手は二度食わないと、足に神経を集中させていたアルジェは、低く構えたチェリエ方へ更に踏み込む。危うく背中を取られそうになり、チェリエは体をねじり回避する。しかし今度は逆に無防備になった足をアルジェが振るう刃が捕らえる。
 チェリエが一瞬表情を歪める。致命傷にはならないが、チェリエの下肢からあふれ出た血液を見るなり、アルジェの唇の端が少し吊り上がった。

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